コルドバのメスキータは林立する柱と屋根を支えるゼブラ模様の2段アーチ構造が印象的な内部空間で、建築を志したものならば一度は訪ねてみたい建物のひとつです。海外旅行をされた大学研究室の先輩方のスライドを見せてもらうと、必ずと言っていいほどその内部空間が写し撮られていました。一度見たら忘れられないような独特な個性をもった建物で、広い床面積があるにもかかわらず、西洋の教会のように上部へと高さを強調したものではなく、柱とアーチが繰り返し、水平方向に広がっていきます。
それだけだと工場や倉庫のような無機的なものになりそうですが、それを避けているのがメインの入口から正面のミフラーブ(聖龕)へと向かう軸線とそれを強調する上部の吹抜けと装飾、そして何よりもゼブラ模様のアーチの装飾と使われている円柱の多彩な表情によるところが大きいのではないでしょうか。これらの円柱の多くは周りに遺跡として残っていた古代ローマ時代の建物などから集められたということで、一部は改修されていますが古い部分では、柱長さが異なるので脚元に台を設けたりして調整しています。
肌理や色、長さも微妙に異なるさまざまな円柱の表情が、単調な繰返しのなかに豊かさを与えています。また、手に入る円柱長さが短かったために10m近い高さの屋根を支えるための2段アーチが割と人の目線の近くに存在することで、まるで森の中に入り込んで錯綜した枝に囲まれたような印象を生み出しています。アーチがもっと高い位置にあるときっと存在感は薄れ、空気のように気にならない印象の薄いものになってしまうところです。
トレドのサンタ・マリア・ラ・ブランカ教会は元ユダヤ教会で、規模は小さいですが、メスキータと同じように柱と上部のアーチ構造が連続する空間です。柱とアーチのスケール感は近いかも知れません。しかし、ここでは柱・アーチともに白く塗られ、均質化されているため、仕込まれた照明と相まって何か近未来的な無菌空間にいるような錯覚も起きてしまいそうです(この照明は演出過剰で良くないです)。
メスキータのもう一つの特徴は大きな改修工事を4回も受けていることです。1回から3回は主に規模の拡張、4回目はキリスト教の大聖堂が中央に設置されるという大改修です。ですから中に入ると、古い時期の外壁部分が残っていたり、アーチの奥にキリスト教の聖像などが見えたりします。また、広い円柱の林立する薄暗い回廊の奥に上部から光あふれる大聖堂が現れるという構図にもなっています。キリスト教徒の設計者は、回廊部分はあくまでも大聖堂の荘厳さを演出するための前座的な装置だとして扱ったのかも知れませんが、実際に訪れた感想は回廊部分の圧倒的な存在感に対して、大聖堂部分の少し薄っぺらな表情でした。
しかし、そのように異なる要素がさまざまに共存することで、一様な均質空間では現れない豊かな要素の出会いや表情が生まれていることも確かです。
唯一残念なのは、オリジナルなモスクでは中庭と内部空間の仕切りがほとんど無く、柱とアーチのリズムがそのまま中庭の植栽のリズムに連続して体験できたということです。現在では壁が設けられ、柱列の各焦点にはキリスト教の聖人像などが置かれていますが、もしもこの壁がなかったら空間要素がさらに豊かに加わり、風の流れを感じたり鳥のさえずりなどが聞こえる素晴らしい内部空間になりそうです。(ht)