ブルンメル邸(1928-29)
先日、訪れたロースの住宅について、記憶が薄れないうちに気が付いたことなどを書き留めておきます。
まず最初の印象は、内部の部屋の色や素材感がとても豊だということです。居間や食堂などお金を掛けられる表の部分には色鮮やかな大理石や木材を使い、子ども部屋や使用人の部屋などでは壁紙や塗装の色彩によって華やかさを演出しています。
フォーグル邸居間(1929) 木材張りの壁、正面に暖炉と鏡、長い造り付ソファー
フォーグル邸食堂 大理石張りの壁面 腰壁的な意匠が特徴?
ブルンメル邸(1928-29) 書斎部分から食堂を臨む
ブルンメル邸 造作家具の鮮やかな塗装と壁紙で豊かさを演出
いわゆる装飾を断罪した建築家としては不思議な感じですが、ロースに関わるさまざまな文章を読むと、どうもロースという人物は本物志向が強く、正統的な伝統を重んじる一方、当時流行の新しい装飾的な意匠に懐疑的だったようです。自身の服装はいつも専門の英国流オーダーメイドの店で作らせていたとか。一方、彼の交友関係は豊かで、周りには詩人やアート関係の人びとなども多く、社交的な人柄でもあったそうです。大理石やマホガニーなどの高級木材、レンガなどが室内に現れて、上品で伝統的な空間をつくることにはまったく抵抗なく、インテリアの作品ではシンメトリーが強く意識されている部分はありますが、素材の使い方には伝統を守るだけの堅苦しさはあまりなく、自身の感性を信頼しているように、柔軟で新しい意匠が見られます。例えば壁の上に布を、まるでカーテンのように、ドレープをつくりながら張り合わせたり、奥行き感を強調するために鏡を張ったりしています。また、写真で見たのですが、自邸のベッドルームでは床の絨毯がベッドの足元まで立ち上がって、まるで床の一部が盛り上がってベッドになっているかのような意匠です。
ブルンメル邸居間 下の写真ともにドレープが付いた布張りの壁
自邸のベッドルーム(a+u573より) 絨毯がベッドの足元に立ち上がる
次に気付くのは、暖炉廻りや窓廻りに固定された家具を配した、いわゆるコージー・コーナーをつくり、人々の居場所を丁寧につくりこんでいることです。これは、西欧の住宅の伝統なのでしょうが、「がらんどう」を旨とする日本の伝統的な住宅には書院造の付書院以外、あまり見られないことです。
クラウス邸(1930-31) 書斎コーナー?
シュタイナー邸(1910) 現役の住戸内リビング出窓の椅子が並んだコーナー
シュタイナー邸 壁付本棚のある書斎コーナー
家具では、洋服タンスや食器棚などもとても丁寧に機能的につくりこまれていて、感心してしまいます。表層的な新しさではなく、しっかりと生活に根付いた新しい住宅を目指していたということがわかります。
こまごまと工夫された洋服箪笥内 照明器具はとても凝った装飾的なものが多く、こちらは古典的な住まいにぴったりのような意匠もありますが、スイッチなどは丸形プレート内に納められていて、シンプルかつモダンな印象です。
白鳥の意匠をまとった壁掛けランプシンプルな丸形プレートのスイッチ 個別に取り出すとあまり統一されていないような印象ですが、実際に経験した空間ではそれほどの違和感はなく、適度に抑制された装飾的な空間という感じでしょうか。
ちょっと面白かったことは、絵画をいれる額が壁内に埋め込まれているところがありました。ミューラー邸では、熱帯魚などの水槽が埋め込まれていて驚きました。のぞき窓から絵画の風景や水槽の中を覗くような感覚でしょうか、今の水族館ではほとんどがそうなっていますが、裏方の十分とれない住宅で、水替えなどどうするのか不思議です。
フォーグル邸の壁に埋め込まれた額縁
ミューラー邸の壁埋込の水槽(WEBより転載)
後期になると、これらの要素に「ラウムプラン」と呼ばれる、立体的な部屋の関係性が主要なテーマとして加わった、ロースならではのユニークな住宅が見られるようになります。今回訪れた住宅では、ヴィンターニッツ邸(1932)とミューラー邸(1928-30)がその例ですが、前者の方は単純でスケール感も少し粗く、緊張感が少ない気がしました。仕上なども大理石などは見られず、コストを抑えた仕様になっています。ヴィンダーニッツ邸 南東側外観 東面端部の窓は後付け
ヴィンダーニッツ邸居間 壁は白漆喰?正面の窓が後付け
ヴィンダーニッツ邸 食堂側から居間側を見下ろす
それに比べてミューラー邸はスケール感や緊張感に優れ、空間構成が細かく複雑なわりに豊かな表情を獲得しています。仕上げにも贅沢な素材が用いられ、その魅力を上書きしています。残念ながらミューラー邸は内部撮影が禁止されていたので書籍からの転載です。婦人談笑室は室となっていますが、列車の座席のようなコーナーになっていて、階段の踊り場のような部分に設けられ、上下の各室と微妙な関係を取りながら豊な空間性を獲得しています。ミューラー邸 北側斜面下からの外観ミューラー邸居間(LOOS TASCHENより) 大理石の表情が豊か
ミューラー邸婦人談笑室(LOOS TASCHENより) 階段途中のコーナー
大まかな構成は両者の住宅でよく似ており、主要動線は2か所で、表の動線は玄関から居間や食堂などの各室を経由しながらゆっくりと上昇、もう一つは垂直の裏動線としてコンパクトな折り返しの階段と廊下、その周りの台所や女中室、寝室などが機能的に配置され、南北に細長い矩形平面の中央付近で緩くゾーンが分けられています。機能性と演出性を明確に分けた構成で、方位はヴィンターニッツ邸では南側に主要室があるのに対し、ミューラー邸では北側ですが、傾斜地なので眺望が開ける北側に主要室を設けたのでしょう。