バルセロナ・パビリオンとガウディ―建築
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1997年9月に事務所のスタッフと、主に話題の現代建築を見るためにヨーロッパを訪れました。ちょうど、大沢野の仕事が一段落を迎えたタイミングで、実は、大沢野の実施設計が終わって施工に移る直前に一度計画していた旅行だったのですが、入札が不調に終わってしまい、事後処理に忙殺されて旅行どころでなく、現場も借金を抱えた大変な現場でした。それらが済んだ後にようやく訪れた、キャンセル旅行のリベンジでした。
日本からパリへ、そこでトランジットでバルセロナ、そこからオランダ、最後はフランスにもどってボルドーまでめぐる旅行でした。バルセロナは現代建築と言うよりも近代建築、主にガウディ―建築とミースのバルセロナ・パビリオンが目当てです。
乳白のガラスは内側に向かって白く光る面として扱われ、サッシ方立の間隔も広く、ガラス背後のスペースにはトップライトから天空光が導かれています。何故か外側の乳白ガラス面は光が透過しないようになっているらしく、暗い表情になっています。
全体はトラバーチンの貼られた基壇上にあるので、重量感が消え去り、抽象性が増しているようにも感じます。直接関係はありませんが、私の師匠の篠原一男先生は、伝統的な寺社の建物が基壇上に建っている意味を考えたい、と言われていたことを思い出しました。そこにも現実から離れようとする抽象性の指向があるのかも知れません。
ガウディ―の建築はグエル公園とサグラダ・ファミリア教会に行きました。9月と言ってもまだ暑く、陽射しが強いスペインで、その強い陽射しの中で特にグエル公園などは活き活きと輝いていました。力強く生命感に溢れていて、まさに気候・風土と一体になった造形です。これが北欧やイギリスなどにあるとむしろ負の生命感(死のイメージ)がまとわり付きそうです。
サグラダ・ファミリア教会は現在、急ピッチで建設が進んでいます。新しくつくられた部分はガウディ―の時代につくられた部分に比べてディテールが簡素化し、より抽象度が上がったように感じますが、それがかえって良く作用していて、物語性を残したままで現代性を獲得しているような気もします。
これも篠原先生の後年の言葉ですが、「仏像を最新式のジェット戦闘機に乗せたい」と言われていたことを思い出しました。伝統的な良さを超ハイテクの技術をまとって再生するようなイメージでしょうか?近代を乗り越えるひとつのヒントのような気がします。(ht)