Boonserm Premthadaさんの建築
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Boonsermさんは1966年生まれ、タイの世界的な建築家のひとりです。私たちは幸いご本人の案内で2つの建物を見せてもらうことができました。
カンタナ・インスティチュートは京都の太秦映画村のような映画スタジオの一画に開設された、アニメーションやCGなどの映像技術を身に着けるための学校です。外観はレンガが波状に積み上げられた特徴的な壁面によって構成されています。その壁は自立性が強いので、離れてみると建築というよりもまるで遺跡のような表情です。
常にコンピュータ画面に集中して作業している学生たちに精神的な安らぎを与えられる建築を目指し、単に窓からの風景や中庭で自然を感じられるだけでなく、内部からの移動に際して必ず通る通路にその主な役割を集中的に表現しているということのようです。日本以上に気候が厳しいタイでは、エアコンがしっかり利いている内部環境があたりまえになっています。そんな中でこのような外部通路を挿入することは一般的に抵抗が大きそうですが、日差しがつくる壁面の陰影、雨の日の雨音、流れる風、風になびく木の葉の音や鳥の鳴き声などを感じながら、この外部通路で得られる精神的な安らぎはきっとエアコンの快適さを上回るものです。今回見せていただいた作品の中ではタイの風土に合った最も好きな建築です。
2011年竣工だから9年経過しているのですが、壁面上面の雨が当たる面には黒カビが生えだしています。また、地盤が悪く約27m杭基礎を打っているとのことですが、周囲の地盤が沈下して通路も凸凹してきています。けれども、それも自然の一部として楽しめるおおらかさがタイにはありそうです。
2017年竣工の建物は正方形平面の4隅にレベルの異なる4つのフロアーが浮かんでいます。それぞれのフロアーに至るには個別の回り階段が平面の中央付近に用意されていて、回り階段の鉄骨心棒はそのまま伸びて屋根を支えています。それ以外にも平面内に床と屋根を支える鉄骨の円柱が3列15本あり、床、屋根、壁は合板をグリッドに組んだものになっています。
中央部の5つの回り階段は動線上邪魔になりそうですが、実際体験してみると、客席は4隅にうまく分散されていてあまり気になりません。気になったのは外壁を覆うビニルシートです。そのせいで外の風景はゆがめられ、明るいですが内部空間はいたって内向的です。食事に集中するには良いですが、せっかく川沿いの場所なのに川に開いていません。竣工当時の写真ではビニルシートは下部で互い違いに裾が離されていて、また、一部には縦に何もない部分もあり、そこから風が入るようになっていたようです。もっと開放的で仮設的な建物のイメージだったのかも知れません。
熱い日差しが入らないようにしているのかもしれませんが、日本では地下鉄でさえ透明の窓ガラスですっきりしているのに比べると風景に対する意識の違いを実感します。内部からガラス面を通して風景を楽しむというような感覚があまりないのでしょうか、この建物にも同じような感覚が働いているのかもしれません。
今はビニルシートがしっかりと内外を分けているので、仮設的な素材感が建物イメージを曖昧なものにしているようで気になりました。Boonsermさんはビニルの素材感を追求したということですが、もっとドレープを強調して止めつけるなど、ビニルの特性を引き出した方が良かったかも。
しかし、中空に浮かぶそれぞれのフロアーの関係や回り階段での移動に伴って展開する内部空間の光景は楽しい体験でした。
ここには新たにガラスブロックを積み上げた新棟を建設中で、そちらも見せていただきました。
5つの直角三角形平面の建物が外部通路を挟んで配置されていて、2階建てのそれぞれは、1階はデッキ(未施工)2階はブリッジで繋がれます。こちらも片開きの大きな開口はビニルシートで、ガラスブロックの壁面同様外の風景が曖昧に映り込みます。気になったのは、室内が少し狭いので日射で熱くならないか、また隙間の外部空間はカンタナの場合と異なり壁面が硬いガラスブロックなので、少し人工的で硬質になりすぎるのではないか、ということですが、まだ完成前なので感想は控えましょう。川側の外部空間は川に向かって開いた三角形を形作っているので、ここがどのようになるのか楽しみです(ht)。