2012年 04月 16日
日奈久温泉
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九州水俣の帰りに日奈久温泉に一泊しました。薩摩街道に面して不知火の海側に600年も前に湧き出た温泉により湯治場として栄えた温泉宿で、ひなびた趣が好まれたこともあり、明治の最盛期には山頭火などの“文化人”はじめ、大勢の湯治客で賑わっていたそうです。ちくわや竹細工などが有名で、熊本空港では今でも日奈久ちくわを売っています。今回も街角のお店で買って帰りました。
奥に見えるのがちくわを焼く機械、コトコト音が楽しい
町並みは、残念ながら寂れていることを隠しようもないですが、わざわざこちらに泊まろうと考えたのは、「金波楼」という有名な木造3階建ての温泉宿があるからです。
一部歯抜けになった街並みに万国旗が白々しい
少し前に外観と入口廻りを見る機会があり、興味をもったパートナーから是非泊まろうということになりました。一番興味を惹いたことは、玄関部分に内外を仕切る間仕切りがない、ということでした。立派な門と木戸はあるものの空気はつながっていて、冬には戸外の寒気が容赦なく室内に入り込んできます。
手前に門と木戸はあるが、玄関には建具がない
今回泊まってみて、一階庭側の欄間部分にもガラスなどの建具はなく、風が通り抜けることがわかりました。ガラスの建具もほとんどがケンドンで開け閉めができないのを見ると、もともとは何も無い吹きさらしだったのではないでしょうか。泊まりではなく、温泉だけを利用する客にも対応するための開放的なつくりなのか、九州ならではの温暖な気候のせいなのか、とにかく、興味深いつくりです。
庭に面する廊下の天井は竹、欄間は開いている
一旦靴を脱いだ先のスペースが半外部という例は、お寺などで玄関から建物外周に沿った吹さらしの廊下や縁側を通って部屋内に入る場合などに経験します。そう考えると、伝統的な古い建物では普通のことだったのかもしれません。そこにガラスの建具が新たに加わったことで、中途半端な空間の質が生まれたのでしょうか。
木造3階建ての建物は和風が基調ですが、日本には箱階段などの狭くて急な例しかないためか、階段だけは妙に西欧風の意匠にみえます。
西欧にはさまざまに美しく格調ある階段が発達しましたが、日本では水平方向の移動や階層(奥)のみが重視されていて、階段はむしろ目立たなく、隠れたような意匠であるのは面白いことです。
風呂場は一時期流行ったローマ風呂風のものだったようですが、今は地域特産の柑橘類を贅沢に浮かべたシンプルな風呂場でした。部屋内の明かり障子はガラスの桟が繊細な細工で、すこし壊れているのが残念でしたが美しかったです。このようにシンプルで繊細な職人芸がなかなか見られなくなって寂しいかぎりです。
玄関横のたたきスペースは黒石をちらし、一部にきれいなタイルを敷き込んだ意匠です。タイルもローマ風呂と同様、西欧と文明の象徴なのでしょうか?しかし、こちらは妙にしっくり納まっていました。
一時代の地域を代表するような施設には、地方でも当時の一流の職人が集まっていることが多く、古びていてもそれらの仕事が空間に豊かさを与えています。時流に流されずに保存することは大変でしょうが、良いものをうまく残していきたいものです。(ht)
by wstn
| 2012-04-16 19:07
| ht
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